おんな城主直虎ネタバレ最終回まで。臨終間際に鶴丸亀之丞龍雲丸揃う?

NHK大河ドラマ第56作「おんな城主直虎」もいよいよ終盤。どんな最終回を迎えるのか、非常に気になるところですが、そのネタバレを一気に書き上げてみました。「おんな城主直虎」44話「井伊谷のばら」45話「魔王のいけにえ」46話「悪女について」47話「決戦は高天神」48話「信長、浜松来たいってよ」49話「本能寺が変」50話・最終回「石を継ぐ者」、ネタバレで知りたくないという方は絶対に読まないでください。では、どうぞ。
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おんな城主直虎ネタバレ44話「井伊谷のばら」
1578年(天正6年)、万千代は万福とともに甲冑の着初め式と初陣を迎えていた。しかし、満足に戦場に出してもらえぬ万千代。その理由は、万千代が家康お気に入りの色小姓だと皆が誤解していため。万千代に、もしものことがあればただでは済まぬ、そんな想いから皆、腫れ物に触るかのように万千代に接していたのだった。

万千代も万千代で、他の小姓たちのいじめいびりから身を守るため、“色小姓”がウソだと言わず、そのままにしていた。今、自分にできることは家康の寝所を警護する夜番しかない、そう考え、万福とともに夜番の仕事に精を出す万千代。家康のおそば近くに仕えて4年が経っていた。

ある夜、家康の寝所で家康が襲われる事件が起こる。それは井伊の薬で家康を殺そうとする企みで、住んでのところでそれを見破った万千代だったが、家康をかばったせいで肩に大きな深傷を負ってしまう。そして、家康を襲ったくせ者は、家康の長男・信康に付き従っていた若武者であった。瞳が暗くなる家康。

井伊谷では、祐椿尼が病の床に伏せっていた。高瀬や六左衛門に直之、方久とあやめはもちろんのこと、徳川家臣に嫁いだ万千代の母・しのまでが姿を見せて、祐椿尼を見舞っていた。

そんなしのから直虎が聞かされたのが、万千代の出世。家康の覚えめでたく、一万石の知行を与えられたという話に驚く直虎。そして、不安な想いがその胸中に広がり…。

祐椿尼が危篤との知らせで、急遽、井伊谷に向かう万千代。そこで直虎に出会い、二人の想いがすれ違う。このまま平穏無事な井伊谷のままでいいと考える直虎に対し、父祖伝来の地を取り戻したいと願う万千代。2人の考えが一致することはなく、喧嘩別れになってしまう。

そして秋の日、祐椿尼は静かに旅立った。

おんな城主直虎ネタバレ45話「魔王のいけにえ」
信康側近の者による家康殺害未遂事件は、徳川家を襲う最大の悲劇の幕開けにすぎなかった。1579年(天正7年)、家康の側室が男子を産み、長丸と名付けられた。後の二代将軍・秀忠である。この知らせは万千代によって、岡崎城に居る信康と瀬名にも届けられ、冷たい微笑みを浮かべる瀬名。

そんな2人の様子を家康に報告する万千代。弟が生まれただけで緊張が広がるとは…、家康の悩みは尽きなかった。

そんな折、直虎の元に、瀬名からの文が届いた。 信康の側室を探して欲しいというその文面に、お家騒動の匂いを嗅ぎ取った直虎は、あまり関わりを持たないようしたいと南渓和尚と相談。

ちなみに、信康には織田家から嫁いだ正室・徳姫の間に、2人の娘がいたが、跡継ぎとなる男子はいなかったのである。そして家康に男児・長丸が生まれたことは直虎も伝え聞いていた。家康殿の跡継ぎが奪われると瀬名様は焦られておられる…、瀬名の心中を思いやる直虎。

家康は思い切った策を考えた。家康が岡崎城に入り、信康は浜松城に入るというもの。「信康は織田の娘婿。浜松を任せるとなれば、織田の覚えもよかろう」という考えだったが、これも後々、織田に利用されることとは露ほども思わなかった家康であった。

安土城が完成し、その祝いとともに信康が浜松城に入るという報告を行うために安土城に向かった酒井忠次。豪華絢爛な一室に通された忠次を待っていたのは、意外にも明智光秀からの冷たい言葉であった。

信康の正室である徳姫からの書状が織田に届いており、その中には信康の悪行愚行とともに、側室を置いて自身をないがしろにしているという内容であった。そして信康は武田と通じているとまで指摘され、慌てふためく忠次。

家康の側室に男子が生まれ、立場を危うく感じた岡崎の信康が謀反を考えるのではないか、そしてその糸を引いているのは浜松の家康ではないのか。明智光秀の鋭い言葉が忠次を追い詰めた。頭を低くしながら必死に反論する忠次であったが、信康が勝手にやっていることだと理解していいのか、という言葉に頷くしなかなったのである。

岡崎に戻った忠次は、苦渋の表情で家康や重臣たちに事の顛末を報告。信康が武田と通じていることを認め、信康の首をはねることを承知してきたと。激怒する重臣たち。一人、榊原康政が冷静に織田に申し開きをするために詳細を調べると、その場を仕切ったのであった。

康政の調べにより、今回の件は、織田の言いがかりである事が明白になった。信康の側室は2人居たが、どちらも武田の元家臣の娘ではあったが、両家とも今は徳川に下り、忠実な家臣となっていた。

織田が信康に、家康と同じ従五位下の官位を与えたいと言い寄って来たことも明らかとなった。信康は、信長がてなずけようとしていることを察し、これをやんわり断ったことも分かった。そして、信康を取り込めないなら、いっそのこと信康を亡き者にしてしまえ、そんな織田の思惑を重臣たちに報告する康政であった。

直虎の元には、瀬名から信康の側室が決まったとの文が届いていた。その祝いを述べようと岡崎へ向かった直虎。そして15年ぶりに再会を果たす直虎と瀬名。奇しくもその日は、信康が浜松の城に入る日でもあり、お祝い一色の岡崎城であったが…

そんな雰囲気をかき消す切迫した声が城内に響いた。そして姿を見せたのが、数人の男に捕えられた信康であった。「武田と内通したるかどにて、信康様を大浜城へ幽閉のうえ、死罪とすることとなった」、榊原康政の冷静な言葉に、声を失う瀬名であった。

おんな城主直虎ネタバレ46話「悪女について」
幽閉された信康は、大浜城から堀江城、そして二俣城と転々と幽閉場所を変えられた。これは全て家康の考えで、時間稼ぎでもあった。信康を織田の意向で捕らえたが、その命を救うべく奔走していたのであった。

小田原の北条家。武田と同盟を結んでいたが、これを徳川との同盟に変えさせることで、織田に信康の助命を願い出るつもりだったのだ。

その頃、瀬名が岡崎城から姿を消した。そして、瀬名の部屋から武田との内通を示す武田勝頼の花押が入った書状が見つかり、騒然とする家臣たち。家康は瀬名を捕えることを命じるであった。

瀬名は井伊谷に姿を見せた。自らの命をかけて信康を助けるがための行動だと見抜いた直虎は、瀬名を問い詰めていると、そこに息を荒くさせて駆け寄る万千代。家康が瀬名の考えを先読みして、万千代に密かにあとを追わせていたのだった。そして瀬名を井伊谷にかくまって欲しいという家康の願いを話す万千代。

ほとぼりが冷めるまでと直虎と万千代が説得するが、必ず信康の命が助かる方法はこれしかないと悲しく言い張る瀬名。そして「おいとまします。あね様」という言葉と、紅入れを直虎に渡して、瀬名は井伊谷を去っていったのである。

安土城。織田信長と対面した家康は、瀬名の首が入った丸桶を差し出した。そして武田と通じたのは瀬名だけで信康には罪は無い、許していただきたいと嘆願する家康。それを冷たく笑いながら「徳川殿の好きになさるがいい」と言い放つ信長。この年の9月15日、父・家康の命により信康、自刃。21歳の若さであった。

一人寂しく碁を打つ家康。その背後から万千代が寄ってきて、碁盤の上をざっと手で払った。怒る家康。その顔は涙と鼻水でぐしゃぐしゃであった。自分が相手をするからと家康の前に座る万千代。そして碁盤の上に、瀬名が直虎に預けた紅入れを置いて「お方様が見ておられます」。家康の顔色が変わった。

おんな城主直虎ネタバレ47話「決戦は高天神」
徳川信康、そして瀬名。城主とその生母を謀殺された岡崎衆の悲嘆と動揺は大きかった。その動揺を抑えるために岡崎城に入った家康は、岡崎衆に向かって語り始めた。信康は無実で、瀬名も信康をかばうために自ら濡衣を着たことを告げる家康。そして瀬名の願いは、徳川が駿河を取ることであったと言い、岡崎衆を鼓舞する家康。

遠江支配の要である高天神城。家康は、周囲にいくつもの砦を築き、兵糧攻めで落とす策を続けていた。降伏に追い込んだ後、武田の兵を丸ごと徳川家中に取り込もうというのが家康の密かな目的でもあった。全ては、織田に屈せずともよい力を持つため。そして敵を叩き潰す力ではなく、敵を味方にする力を鍛えていこうという家康の決意は堅かった。

高天神城を守る武田勢も手強く、なかなか攻略できない中、必要な木材の算出をするために、六左衛門と直之が陣に呼ばれた。若武者らしい姿になった万千代を見て喜ぶ2人。そして直之のある“気付き”によって、武田の間者を見つけた2人は、その者を万千代の前に引渡し…

その者らは木材の切り出しの人足であった。間者であったことが露呈したので、もう武田には戻れない。場合によっては抱えてよいと言い出す万千代。かくして、高天神城の井戸の場所を知ることとなった万千代は、飲み水を枯らすことで武田軍の勢いを弱めたのであった。

この軍功に対して二万石のご加増となり、もはや井伊谷の近藤と肩を並べた万千代。そして中野直之と奥山六左衛門を召し抱えたいと直虎に文を出す万千代。

万千代の胸中を知りたいと、高天神に向かった直虎。「敵を味方とする力」、家康直伝の考えを直虎に話す万千代を見ながら、直虎は小野政次と戦わぬ道を必死で模索したことを思い出し、その瞳には涙が浮かんでいた。そして直之と六左衛門を万千代のもとに送ることを決心したのだった。

長引く籠城戦、ついに高天神城に変化が生じた。降伏したいとの矢文が、徳川の陣に飛び込み、そこには城兵の助命が叶えば武田方が守ってきた他の城も明け渡す旨が記されていた。

織田の使者も入った徳川の評定の場。そこで織田の使者が言い放ったのは「降伏を受け入れてはならぬ」ということ。力攻めで落とすようにという信長からの厳命であったため、それに従わざるを得ない家康であった。

降伏が許されない以上、武田には戦う他に道はない。一斉に討って出た城兵は徳川軍の迎え撃ちに逢い、全員が討ち死にした。この後、急速に勢いを失った武田方は敗走を続け、1582年(天正10年)3月、甲斐に追い詰められた武田勝頼が自刃。ここに甲斐の名門・武田家は滅亡したのである。

武田征伐の論功行賞で、家康は、目覚ましい戦功を高く評価され、駿河一国を信長から与えられた。三河・遠江と合わせ、三か国を領する大名となったのである。

おんな城主直虎ネタバレ48話「信長、浜松来たいってよ」
無念の死を遂げた亡き妻・瀬名も喜んでいるに違いない。念願の駿河をこの手中に…、家康ともども沸き立つ徳川家中だったが、それが一瞬で凍りついた。信長が、安土への帰途、浜松に立ち寄ることになったのだ。

織田家一行が通る道を広げ、休みどころの陣屋を設け、宿舎となる神社を金銀で飾り付け、最上級の食事を用意と、徳川家は上を下への大騒ぎとなった。そして当日、家康をはじめ徳川家中は、信長のために最高のもてなしで迎えた。たいそう満足した様子の信長。

数日後、もてなしに対し返礼したいので、家康をはじめ重臣の皆で安土城に来るようにという信長からの伝言が徳川にもたらされた。

その頃、龍潭寺の井戸端に小さな男児が一人、座り込んでいた。直虎が見るに、間違いないく武家の子であり、しかも相当な家の育ちであると。すぐに傑山に探らせ、たどり着いたのが今川氏真であった。

今川氏真の屋敷で、向き合う直虎と氏真。男児について問い詰めると、観念したかのように氏真が話し始めた。子の名前は自然(じねん)、父親は、織田家の重臣・明智光秀だと。その名を聞いて驚き目を見開く直虎。

明智光秀は旧知である氏真に、こう持ちかけたのである、「ともに信長を殺さぬか?」と。信長は、返礼のために安土城にやってくる家康やその重臣たちを皆殺しにするつもりでいる。その実行を一任されているのが自分ゆえに、そんな残忍な考えの信長を逆に殺したいと願うようになったと言う。

それを実行するためにも、徳川と裏で繋がっておきたい、その橋渡しを氏真に頼んできたのである。そしてわが息子を人質に出すから信用して欲しいとも。

氏真は考えた。人目につかず、何も知らずとも子供を預かってくれるであろうところは井伊しかないと。それで龍潭寺の井戸端に座り込んでいたのである。全てを理解した直虎の足は、家康の居る浜松城に向かっていた。

家康と対面した直虎。かの件を家康に話すと、すでにそのことは感づいていたという家康。光秀による信長暗殺計画、これを信長に申し出ると言う直虎に驚く家康。

光秀が成敗されれば徳川は無傷、そして信長からの覚えもめでたくなるという直虎に対して、織田はいつかは徳川を潰そうと考えているからこの機会にと、迷っている様子の家康。

言い合う2人であったが、最後に直虎は本心を明かすのだった。「徳川様に、織田に取って代わって欲しいと望んでおります」と。

「戦という手だてがこの世にあるかぎり、喧嘩の強い輩はそこに訴える。ならばあらかじめ戦を起こせぬようなな仕組みを敷いてしまうがよいとは思うたりするが、しかし出来ると思うたことは無いの…」

迷う心中を吐露する家康であった。

おんな城主直虎ネタバレ49話「本能寺が変」
徳川の一行が安土城に入る頃、直虎は京にいた。万千代からの頼みで、徳川家の御用商人・茶屋四郎次郎と会っていたのである。“何か”が起こった時、速やかに三河へ戻るための経路を押さえておきたいとするものだった。

家康からの文を読み終えた茶屋が口を開いた。宇治から伊賀を抜ける地上の道と、堺から船で知多へ渡る海上の道、二つの逃げ道があると。地上の道を四郎次郎に任せ、直虎は海上の道の確保に向かうことになった。

家康は緊張していた。信長は、安土城で家康を歓待して油断させ、堺の町を見物させる。そして、最後は京の本能寺で開かれる茶会に呼び出し、そこで討ち取る予定でいると氏真から聞かされていたからだ。

信長が用意した供応の席。そこに羽柴秀吉からの火急の知らせが入った。高松城攻めに援軍をという嘆願であった。すぐに信長は光秀に高松行きを命じたのである。しかし、この供応の席の責任者は自分であるからと躊躇していると、信長からの罵声が飛び、やむなく出陣の準備に入る光秀。

家康たちも困惑していた。謀反を起こすはずの張本人が消えたのだから、これから何がどうなるのか誰にも分からなくなった。

堺に着いた直虎は、その足で中村屋を訪れた。そして龍雲丸を再会したのである。挨拶もそこそこに船が必要であるいきさつを話す直虎。それを呆れたような表情で見つめる龍雲丸。

1582年(天正10年)5月29日、本能寺の変の3日前。安土城での6日間に及んだ供応を終えた徳川一行が、堺にようやく姿を見せた。あとは謀反の報とともに、ここから船で逃げるのみ。しかし、光秀が領地に帰ったことを万千代から聞かされ、直虎はにわかに落ち着かなくなった。

6月1日、信長の使者が現れ、家康に明日、京に参るようにとの知らせが入った。 光秀が謀反を諦めたとなれば、京に行けば信長の策通り、皆が討たれることになる。織田はそもそも徳川一行を殺そうとなどしないのではないか、そんな思いを口にする家康。

信長を信じ、いや、自らを信じて、家康一行は6月2日の早朝、堺を離れ、信長の誘いに応じて京へ向かったのである。その途中…、常慶が走りこんできて、本能寺で信長が光秀に襲われたと報告を受ける家康。そしてすでに京では織田の嫡男と明智勢の戦が始まったとも。

こうなれば、戦火に巻き込まぬよう一刻も早く逃げるしか道はない。こうして家康一行は、“伊賀越え”を選択して、命からがら三河に帰ったのであった。

おんな城主直虎ネタバレ50話・最終回「石を継ぐ者」
織田信長が死に、そして巨大な織田領国は夢のように消え失せ、日の本全土が権力の空白状態となっていた。

家康は兵を率いて西へ向かった。明智光秀を見限り、圧倒的な兵力を集めた秀吉軍に合流しようとしたのである。しかし、その光秀は山崎の合戦であえなく命を落とし、かくして明智の残党狩りが始まってしまったのである。

井伊谷の龍潭寺に居る光秀の息子・自然(じねん)。あの子の命が危ないと龍潭寺に急ぎ戻る直虎であったが、すぐに兵を従えた万千代が姿を見せて、その子を徳川で預かると卑屈な笑いを浮かべ…、

そんな万千代を直虎が一喝したのだった。「この子は僧にしてしまえばよい。それでもだめならまた何か考える。そなたもそうやって生き延びてきたわけであるし、何とかなろう」と。唇を噛む万千代が、やがてくるりと背を向けて去っていった。。

それからしばらくして、直虎は咳が止まらず、時に高熱を発するようになった。横になると龍雲丸の顔が思い返された。「われより先に死ぬなよ」「そっちもな」。

同じ頃、新野姉妹の長女・あやめが龍潭寺を訪れた。今は秀吉に仕える三女・桜の夫を、徳川に奉公出来るようにとりなしてもらえないかというお願いだった。次女の桔梗も夫に先立たれたばかりだという。直虎は新野三姉妹を万千代に引き取ってもらうことを考えた。

その相談を南渓和尚にした直虎は、その日から咳が激しく熱も高くなり、やがて床から離れられなくなった。直虎は目を閉じた。どこからか、笛の音が聞こえてきた。布団から出て、美しい音色を頼りに歩いた。月明かりの下、井戸端で子供の姿の亀之丞が笛を吹いていた。

夢の中で亀之丞と会話する直虎。そこに鶴丸も龍雲丸も現れて、この3人とならあの世に一緒に行ける…大きな幸せに包まれる直虎であった。

8月29日。井伊には手を合わせ、涙を浮かべる百姓たちで埋め尽くされた。物言わぬ直虎を収めた白い棺が長い長い列の間をゆっくりと運ばれていった。同じ頃、ある海岸に船の残骸と、赤い飾りのついた水筒が打ち上げられていた。

徳川と北条による戦が二ヶ月に及んだ秋。北条方が、ようやく和睦に応じる姿勢を見せた。徳川側の条件は、旧武田領のうち、甲斐と信濃を占領し、上野一国を北条領とすることである。この交渉にあたり、使者として家康が選んだのが、二十二歳のまだ小姓姿の万千代であった。

万千代は、直之、六左衛門らと手分けして、甲斐・信濃をくまなく回り、徳川へ臣従すると誓う国衆たちの起請文を集め歩いた。北条方は、徳川の条件をのむしかなかった。

三河、遠江、駿河、甲斐、信濃の五か国を領有することになった徳川は、大大名の座へと一気に駆け上がった。

この功によって万千代は、四万石に加増されるとともに、家康に願い出、ようやく元服を許された。 名は「直政」。井伊の者の通字である「直」、そして小野の通字である「政」、のちの徳川四天王の一人が誕生した瞬間であった。直虎が願った、戦の無い世はこれより三十数年後、家康によって実現する。

そして、井伊家は260年にわたって、江戸幕府の屋台骨をがっしりと支えることになる。わずか10人しか選ばれなかった大老のうち、実に半分の5人を井伊家が輩出するのである。

「おなごこそあれ、井伊直虎」、勇猛な男名をまとい、乱世の荒波に身を投じたこの女性は、疑いようもなく日の本の平和を築いた、重要な礎石の一つだったのだ。完

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(C)NHK大河ドラマ「おんな城主直虎」



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